猫も杓子もアメリカ生活

カテゴリ:アキレス腱断裂療養記( 4 )

やっと今日でおしまい、病院通い・・・の巻。

5月に、アキレス腱を断裂し、手術、家で療養、リハビリ、自主トレ・・・という経過をへて、4ヶ月が過ぎた。
今日は2ヶ月ぶりにドクターに足の経過を見せに行ってきた。
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今日行ったところは、ドクターのローテーションの都合で、いつもと違う少し離れた大きな病院。
建物は日本の大学病院の様に大きいが、私が行っている整形外科専門のクリニックがこの大きな建物の一画に入っているので、手続きは簡単だ。

アメリカの病院のいいところは、洗練されたおしゃれな作りのところが多く、
待合室は間接照明と、布張りのソファーの落ち着いた空間だ。
私が通っている整形外科は壁に貼られたアートがすてきで
なんだろうと思ってよく見ると、花やキッチングッズ、動物、医療機器などを
レントゲンで撮ったモノトーンの不思議な陰影を、額に入れて飾ってあった。
すごい発想である。
日本だともっと現実的で、C型肝炎がどうとか、医者のスケジュールとかを
PCからプリントアウトしたまま、無秩序に貼ってあるというイメージがある。
いすも背もたれのないビニール張りのものや、堅い直角のいすだった様な・・・。
アメリカ人はあまり好きではないが、そういうゆとりみたいなものは
まねしてもいいように思う。

そんなことを考えながら呼ばれるのを待った。
アポイントメントを取っているが、診察室に通されてから結構待ち時間があったので
診察室で写真を撮ってしまいました。
これが診察室内部。c0177671_5131270.jpgc0177671_5132358.jpg

日本の病院はよくカーテンで仕切られ、隣の声等も聞こえるときがあるが
アメリカの病院は完全に個室で、それも結構広くゆったりきれいだ。
今回のことや、なんだかんだと6か所くらいの病院で診察室入ったが、
どこも同じようにきれいに整理された個室で、プライバシーを守られるような作りになっている。
救急の病院の診察室の場合は、それに加えかなりいろいろな処置が出来る装備が整っていて
アキレス腱を切ったその日ER(救急室)に行って、足の痛みより、待ってる間に部屋の装備を観察するのがおもしろかったのを覚えている。

しばらく待ってドクター登場。
フィジカルセラピーの先生がドクターにリポートを送っているので
ドクターは私の足を少し動かしただけで、経過はとてもよいと言った。
待った割りには簡単だ。
今のところなんの問題もなく回復しているが、これから2ヶ月は再び切れる可能性が高いので気をつけるようにとのこと。
週に3回は3マイルのウオーキングを2~3週間続けて、
その後、調子がよかったらフラットなところで軽いジョギングを間に挟むようにとの新しいミッションをいただいた。
完全に元通り自由に動けるようになるには最低9か月かかるらしい。
今4ヶ月経ったので、あと5か月間は注意をしながらトレーニングを続けるようにとのことだった。
とりあえず、この先はなにか異変がないかぎり、病院には来なくてもいいと言われた。

今のところ歩くにはなんの問題も不自由もないので、うっかり走ったり飛んだりしそうだが
気をつけなければ。
手術でなおした場合、今度切れたときには、もうこんな簡単には済まされないそうだ。
いや、決して今までも簡単では無かったが、とにかくもうごめんだ。

それにしても今回のことで、病院のことや保険のこと、病院で使う英語などとても学ぶことが多かった。
英語に関しては最初に行った救急病院で通訳を呼んでくれるといいながら
結局通訳は現れず、辞書と怪しい英語で何とかなったので
その後もずっと、手術の時もリハビリも全部、通訳無しで(内容はひどいが)
なんとかやってこれたのが、すこし自信になった気がする。

人間どこでも何とかなるものなんだなあ。
“人間至る所に青山有り”だ。これからどのくらいいるかはわからないが、ここにいる間じっくりここの異国の地で腰をすえてやっていこう。

話はかわるが、
ここ2年ぐらいずっと幕末に生きた人物の本をいろいろ読んでいるが
たとえば吉田松陰が江戸に護送され、死ぬ間際に詠んだ辞世の句、
『身はたとえ、武蔵野の野辺に朽ちるとも、とどめおかまし大和魂。』
・・・が、アメリカに来てから心に響いている。
当時、長州から江戸までの距離感は今の日本とアメリカよりも遠く感じていたのかもしれない。
遠くの地にて不本意ながら命を落とすけれど、自分の信じた理想や魂はこれからも生き続けるということだろうか。
それを思えば、私たちが今アメリカにいるのは、きっかけは転勤とはいえ、好きでいるわけだし、普通に常識的に暮らしていれば、そう滅多に死ぬような苦難は降りかからない。
しかもたいして大きな理想があるわけでもない。
そんな気楽な状況のくせに『至る所に青山有り』と、思ってしまったのが自分でおかしかった。

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by yumi_nyago | 2008-10-04 06:22 | アキレス腱断裂療養記

フィジカルセラピー最後の日、驚きの小部屋。・・・の巻。

アキレス腱断裂後の機能回復のため通っていたフィジカルセラピー。
今日は2週間ぶりに行ってきた。

最近はすっかり普通に歩けるようになってきていたので、
先生から指示された日々の自主トレーニングもさぼりがちになっていた。
だから、それほど筋肉がついたわけでもなく
きっとさぼっていたのがすぐばれるだろうなあと、こわごわ行ってみた。

思った通り先生はにこやかに「どれぐらいのペースでやってたの?」と。
ビクッ・・・。
実際にやっていたより少しだけ多めに答えると
先生は、「まあ、それくらいやってればいいよ。」と、見透かしたように言った。
えへ。

さぼっていても、自然治癒力と時が過ぎるというのはすごいもので、
足の状態は前よりずっといいそうだ。

来月、手術をしてくれたドクターに様子を見せに行くので
そのあとの指示がどうなるかはわからないが
おそらくもうフィジカルセラピーにはこなくてもいいということだった。

うれしいような、寂しいような、心細いような。
とても良い先生で、質問には丁寧に答えてくれるし、英語の苦手な私にわかるように
いろいろな表現で話してくれた。
私の怪しい英語を理解するのがきっと大変だっただろうと思う。

足は、まだ走ったり飛んだり元通りに自由に出来るまでは一年ぐらいかかるらしい。
なので、もし何か異変があったらすぐ来るように・・・との事だった。

で、私が一番知りたかったことを聞いてみた。
私 「いつからゴルフを再開してもいいのでしょうか?」
先生 「じゃあ、やってみよう」
私 「えっ???」
先生 「ついておいで」

先生の後について、ある部屋の大きな扉を開くと・・・
なんと、立派なゴルフ練習部屋。
いえ、練習部屋というより、バーチャルプレールーム。

大きなスクリーンとコンピューターに制御された、まるで本物のゴルフ場のような空間。
傾斜やアンジュレーションもわかるようになっており
打つところの人工芝は、フェアウエイ、ラフだけでなくバンカーの砂のような感触の人工芝、ブッシュの様な人工芝などがあり、ボールが落ちた場所に合わせて打つ。
本物ではないのである程度しか練習にはならないが
よく、ゴルフショップにある試打コーナーよりもはるかに本格的で、
もちろん飛距離や球筋などもいろいろな角度で表示される。
不思議なことに、パターも実践さながらに出来るのだ。

コースも有名な世界中のコースが14カ所内蔵されていて、すべて18ホール回れるようになっている。
全英オープンや全米オープンで使われる最高峰のコースを体験できるのだ。
さらにインターネットでつながっているので、同じ装置があれば世界中の人と一緒にプレーが出来るらしい。
なんという夢のような・・・。

いったいどのくらい費用がかかったのか、すごく聞いてみたかったが
とても下世話だし、聞いたとて私には買えないので聞かなかった。

やってごらんと言われたのでペブルビーチのコースでやってみた。

すっかり足の事など忘れて楽しんでしまった。
約4ヶ月ぶりなので、決してうまくはいかなかったが、最高に楽しかった。

先生曰く、この辺(アメリカ北西部)は冬の間、毎日雨なので
こういう物があると年中楽しめると。
雨期の間は知り合いの人がよく4人連れでやってきて、プレーを楽しむそうだ。

いいなあ、いいなあ、いいなあ・・と連呼していると、君もお友達ときていいよといってくれた。
「Really?」と、おそらく満面の笑みの私。

帰りに招待状みたいなのをもらった。

これを書いていて思い出した。
あ~写真を撮ってくるべきだった・・・。
感激のあまりすっかり忘れてた。

この感激を旦那に伝えて、ぜひ一緒に行こうと思うが
普段、表現が大げさな私の言うことなど、おそらく半分ぐらいにしか聞いてくれないだろう。
さそっても、「ふーん・・・」といわれるのがせきのやまだ。
ああ、証拠写真を撮ってくれば良かった・・・。


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by yumi_nyago | 2008-09-25 06:15 | アキレス腱断裂療養記

アキレス腱断裂後の療養・経過のすべて。そして今・・・・の巻。

今日もとてもいいお天気。
ポートランド(厳密にはここはワシントン州バンクーバー)の夏もいよいよ残り少なく、もうすぐ雨期がやってくる。
いまのうちに日光を浴びるべく、外へお散歩。
・・・といってもアパートの敷地をぶらぶらあるいてジムへ行くだけ。
フィジカルセラピーの先生にはもうちょっと歩くように言われているのだけれど。
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アパートの敷地内からみた青い空。

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ジムに到着。贅沢なことに今日も誰もいない。
テレビを好きなチャンネルにあわせ、扇風機を自分に向け、手に届くところにチャンネル・水・I-POD・タオルを置き、バイクの時間設定。
(飽きないように自分なりの準備。)

先生から与えられたエクササイズをこなす。
これはこの間、支給されたゴムチューブと課題を書いた紙。
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ちなみにこれは両足靴を履いて歩いてよくなったときに支給された靴の中敷き。
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どうやら私は、かかとと足首の角度のせいで、いつもアキレス腱の内側に負担がかかる歩き方なのだと先生は説明してくれた。普通より断裂が起こりやすいそうだ。
だから、内側を少し高めに保てるしっかりした中敷きを敷くいいということでくれた物だ。
気をつけなければまた起こりえるぞ、と。
さらに先生は断裂したほうのかかとには、特別な加工をして更に高くしてくれた。

と、ここで今までの経過の説明を致しましょう。
今日の記事は長いですよ。忙しい方は今度また見てちょ。

さて、振り返ること、あれは5月。
半年にも及ぶ長い雨期が終わり、待ちに待った初夏を楽しむべく、3連休をBendのリゾートへ。
なまった身体を呼び起こそうとゴルフにテニスに大張り切り。
その時だったのだ。私の今年の夏のプランをすべて変えてしまう出来事が起こったのは。

5月25日 
午前中ゴルフ18ホールしたあと、夕方テニスを約一時間。
その、テニスの最中、主人とのゲームがいよいよ佳境になってきたときだった。普通に後ろ向きに走っていたら、突然バチン!という大きな音ともに足首に衝撃。
立っていられずコロンと尻餅。
その瞬間はてっきり誰かが私の足首にボールを思い切りぶつけたか、縄跳びみたいなものでビシッと打たれたかのような痛みだったので、「はあっ?!」と、怒りとともに振り返る・・・が誰もいない。
その瞬間、「あ・・・やってしまったようだ・・・」と、悟る。
主人に支えられかろうじて立ち上がったが、自分の足では無いような感覚。
ぷら~ん・・・みたいな。
      
自宅から約3時間半の所なので、とりあえず何かで固定して様子を見ようと思ったが、主人が緊急の病院を調べてくれ、車でERへ。
ケンケンしながらERに着くとすぐに係員が車いすを持ってきて座らせてくれた。
受付後車いすで処置室へ。ドラマでみたERを思いだし不謹慎だがワクワク。
この対応の素早さと、看護師の感じの良い対応は感動的だった。
こんな時に限って保険証を持っていなかったが、大丈夫だった。請求書があとからおくられてくるとのこと。(それもちょっと怖いが・・・。)
検査はレントゲンとかは無しで、触診と私の状況説明でアキレス腱断裂と判断。
自宅に帰ったらなるべく早く地元の病院へ行くように言われる。
添え木をしてもらい、松葉杖と痛み止めをもらってホテルへ帰る。
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5月26日 
残念だが午前中にBendをはなれ帰宅へ。
せっかくの旅行中、悔しいので、途中カジノへ寄り運試し。250ドル勝ち。
帰宅しても今日は祝日なので病院へは行かず。
おそらくしばらく動けないので、食料大量買い出し。

5月27日 
家の近所の病院へ行ったら、ここは専門医がいないので別へ行けと言われた。
本当はホームドクターを持っていれば紹介してもらえるはずだが、病院などにかからないよう気をつけていた私は、契約していなかったので、冷たくあしらわれる。
こんな姿なのに・・・。とてもやな感じだった。ちっ!

結局市内の緊急病院へ行き診察してもらう。(ここは誰でも受け入れてもらえる)
ここのERも素早い対応で受け付けも親切だった。
で、やはりアキレス腱断裂に間違いないとの判断だったが、ここも専門医がいないとのこと。
しかし、ここでは違うところの専門医を紹介してくれ、英語の電話が苦手な私に代わって予約もいれてくれた。親切に地図もPCで出してくれた。

その日の午後、ポートランドにあるバスケットボールのスタジアムと同じ敷地内のスポーツ専門のクリニックへ。
おそらくプロバスケットボール選手がたくさん来ているのだろう。なんか安心感だ。

ここでもレントゲンとかは無し。またもや触診と私の怪しい英語の説明のみ。
アキレス腱は部分的ではなく完全に切れているとのこと。
ドクターは二つの選択肢をくれた。
ギブスで時間をかけての自然治癒か、再発しにくい手術か。
早くゴルフが出来る身体に戻りたいので、怖いけれど手術を選択。

5月28日
手術。
前の晩から何も食べてはいけないとは言われていたが、まさか全身麻酔とは。
日帰りなので、てっきり部分麻酔かと思っていた私は甘かった。

たくさんの書類にサインをし、点滴などつながれ、4時半ごろ手術開始。6時半頃終了。
ぼーっと目が覚め、水やら流動食などを寝ながら与えられ、しばらく休む。
痛み止めを飲み、看護婦からこれからの注意事項を聞き、ぼーっとした頭でまたいろいろな書類にサインをする。(主人が一緒にいたので安心だったが。)

8時過ぎ病院をでて、もらった処方箋の薬を買いにドラッグストアへ。
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痛くなったら一錠飲んで、治まらなかったらもう一錠と言われたこの薬。
かなりきついようで、すぐ眠気がおそい、空腹なはずだが何も食べられず就寝。
しかし、高熱と頭痛と足の痛みと吐き気で一時間おきに目覚める。汗だく。

5月29日

主人は心配しながらも、普通どおり会社へ。
私は一日中、38度前後の熱で起き上がれず、尋常ではない頭痛と手術した足の痛みに苦しんだ。
主人が枕元においていってくれた水やジュースは少し飲んだ。が、まる二日ちかく、ほとんど何も食べていなかったので、さすがに何か食べなくてはと思い、這ってキッチンへ行き、おかゆを作ったが、二口でもういっぱい。
熱が101°F(38.3度)になったら病院に連絡しろと昨日看護婦さんに言われたが
こんなぼーっとした状態で英語の電話など出来るはずもなく、ただ耐える。
次に痛み止めを飲んでいいのは、何時間おきだっけ・・・と考えるが思い出せず、念のため夕方まで我慢。
何が原因でこんなに辛いのか不安の渦。
手術から24時間後の夕方7時頃、通常の(いつも飲んでいる)頭痛薬を飲む。
しばらくすると頭痛が治まり、昼に作ったおかゆを食べる。
急に食欲が回復したので、続いて豚汁を作る。
主人8時半頃帰宅。一緒に豚汁食べる。

5月30日
打って変わって痛みもなく、すっきりした気分。
ふと、学校の事を思い出し、しばらく休む旨、Hさんに連絡。学校に言ってくれるようお願い。
夕方、近所に住む仲良しの奥さん友達Yさんから用事で電話があり、私のこの状況を話すとびっくりしていた。

このご近所の友達Yさんは、その日から毎日毎日約2週間、晩ご飯のおかずの差し入れを持ってきてくれた。主婦が病気や怪我をして一番困るの食事の準備。この気遣いは私はきっと一生忘れられない。
他の近所の方も何かできることは遠慮無く言ってね!と温かく励ましてくれた。本当にこういうときは人のありがたみが沁みてくる。

6月10日(手術後約2週間経過)
手術後初めての病院。抜糸した。
黒い糸で15針縫われており、なかなかすごいルックスだった。写真を撮っておけば良かった。
この日から石膏の添え木ではなく、ものすごく堅いプラスチックみたいなギプスを巻かれた。
色の選択肢が6・7種類あってずいぶん迷った結果、紫色を選んだ。
なんか高貴な色のイメージというか厄除けになりそうだったので選んだのだが、強烈な色なので、後からいろいろな人に「なんでこの色?」と聞かれた。
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でも、色はともかくとして石膏の物よりずいぶん軽く丈夫なので、気に入った。
注意事項は左足(怪我した方)に重心をかけないようにすること。まだ松葉杖は続行。

このころよく近所の奥様IさんやYさんが気晴らしにドライブとかランチとか連れて行ってくれた。
ありがとうございました。
学校の友達Hさんも、遠いのに本やらお菓子やら持って様子を見に来てくれた。
鬱々としがちな私にはとても楽しい時間でした。

7月1日(手術後約5週目)
手術後2度目の病院。ギプス生活終了。
しかし黒くてごつい、金属入りのブーツを履かされる。寝るときだけは外して良いということで少し気が楽になる。

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ちなみにこの日まで1ヶ月近いギプス生活、ギプスの中がかゆくてかゆくて、物差しを差し込んでゴリゴリやっておりました。やっと洗えるのだ!
うれしさとともにギプスの中の垢だらけの足を見る恐怖。

ギプスをカットする所には、いくつもベッドが置かれていて、何人もの人がガーッとやられていました。
たまたま私の隣にいた人が大きな犬を2匹連れてきていて、異様なにおいを放っていた。
・・・・が、犬が帰っても異様なにおいがしている。・・・まてよ・・・。
あー、ちがう。ギプスをとって今拭いているこの私の足がにおいを放っていたのだ。
すっかり犬のせいにしてしまっていた。ごめんよお。

それと、この日からとうとう松葉杖無しで歩行。ちょっと頼りないが、左足をかばいながら斜めになって歩く。

7月7日医者に紹介してもらった、フィジカルセラピーに行く。いわゆるリハビリ。
今後の機能回復に向けての注意事項と説明を受ける。

毎日自宅でやることは、傷の部分のくるくるマッサージや少しずつ固まった筋肉を伸ばしていくストレッチと左足だけで立ってバランスを保つ運動。そしてジムでのバイク20分。

週3回フィジカルセラピーの先生にあう。

その後回復にあわせて少しずつ足全体の筋肉をつけるようなエクササイズが増える。
おもりをつけて足を上げ下げするのとか、ジムのマシンを使った屈伸運動とか。

7月28日(手術後2ヶ月経過)
今日から金属入りブーツともおさらば。
両足靴を履ける喜び!

8月1日
手術後3回目の病院。
経過は大変良好とのこと。
でもまだ絶対に走らない、ジャンプしない。これを今やると、また切れるかもよ・・と注意される。

フィジカルセラピーの先生にも経過はVery Goodだといわれ、毎回新しいエクササイズを与えられる。このころは週2日セラピーへ。あとは毎日自主トレ。

8月半ば(手術後2ヶ月半経過)
久々の旅行。カナダのバンフへ。
山道を歩く事になるので、セラピーの先生に注意事項を聞く。
先生曰く、まだアキレス腱をのばすことは出来ないので平らな所しかあるくなと。
坂道はせいぜい4°までだと、ウオーキングマシーンの角度を変えながら「このぐらいの傾斜だ。」とおしえてくれた。
しかし実際はそうはいかないので、現地ではテーピングを巻いたりして十分気をつけながら遊んだ。
帰ってきてから先生にそういうと、そうだと思ったよ。と笑いながら慎重に検査してくれた。

そして現在。(手術後約3ヶ月半経過)
フィジカルセラピーには2週間に一回でいいとなった。
とたんに怠け者になりなかなか自主トレも出来ていない。

あのギプスの日々は毎日家の中を這い回って、料理するときも掃除する時も片足立ちでやっていた。片足一本使えないだけでこんなに何をするにも不自由なのか、と、毎日泣きそうになっていた。今後、身体が不自由な人が周りにいたら絶対気遣ってあげられる私でありたいと思った。
まずはとにかく早く回復したくて、ギプスがとれたあとも忠実にリハビリをやっていたが、
アホな私はのど元過ぎれば簡単に熱さ忘れる・・・・。

健康でいられることのありがたさを忘れないようにしなければ。
人のありがたみも。
この記事を書いていて再び思い出しました。

そうそう、アメリカ人というのは身体の不自由な人やお年寄り、子供にはとてもやさしい。
私が松葉杖で歩いているときもスッと道を空けてくれたりドアを開けて押さえててくれたり。
いつでも誰もが普通に温かい思いやりを見せてくれた。この辺は特にそうなのかなあ。
その反面、アジア人はそのへんちょっとにぶいのかなあ。松葉杖でスーパーマーケットに行ったときとか、よく、ドンとぶつかって抜かしていったり、前に立ちふさがったり、自分の事しか見えていないひとはたいていアジア人。どこの国とはいえないが、余裕がないんだな。
あと、おもしろかったのは一日に一度は必ず見ず知らずのアメリカ人に、「その足どうしたの?」とか「いやあ、私もこの間までそういうブーツをつけていたんだよお。」とか知らない人がいろいろ話しかけてくる。何度説明したことか。おかげさまで「アキレス腱を切りました」という英語はバッチシだ。

すっかり長い記事になってしまいました。
ここまでつきあって読んでくれた方、お疲れ様です。すみません。

もしも同じ境遇になってしまった方、質問があればコメントでも書いてください。
では。


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by yumi_nyago | 2008-09-12 08:33 | アキレス腱断裂療養記

のど元過ぎれば熱さ忘れる・・・リハビリ再開の巻。

アキレス腱断裂後の機能回復のためフィジカルセラピーに2ヶ月前から通っている。
はじめの頃は、はやく普通に歩けるようになりたい一心で
与えられたいくつかの課題を家でも毎日忠実にやっていた。(チェック表なんか作ったりして)

・・・が、ある程度普通に歩けるようになり(まだ走ったり飛んだりは許されてないが)
おまけに旅行なんかも行ってきてしまうと、ちょっとさぼりがちになってきた。

先月15日からカナダに旅行に行ったことをきっかけに、忘れて(?)しまい
数えてみると・・・・
おーっと、この三週間の間に一回しかやってないではないか!

月曜日にフィジカルセラピーの先生に状況を見せに行かねばならないので
今さらだが今日は自主リハビリを再開した。

やることは簡単なことで、傷の部分のマッサージやストレッチ。
そして断裂した方の足(左)だけで立ってゆっくりかかとを上げ下げ。
それと、アパートの共有スペースにあるジムに行って自転車こぎとウオーキング。
膝を曲げ伸ばしするマシンを使って左足だけでふくらはぎの強化.

これがジム。もったいないことにいつも誰もいない。
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これが足を鍛えるマシン。
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で、ジムへ行って自転車こぎ。張り切って40分間に設定。
・・・・・。
20分ぐらいで飽きてきて、
30分経ったときには「来ただけえらいよねっ!」・・・と独り言を言いつつ終了。

続いてウオーキングマシン。
はじめから逃げ腰の10分に設定。
案の定、5分で葛藤。
しかし、誰もいないので、いろんなフォームで歩いたり、
歌を歌ったりして気を紛らわしつつ10分歩く。

あとは適当に筋トレ。

前は、ついでにやせるぞ!と張り切ったときもあったが、
あの意欲はどこへ行ったのか。

まあ、少しでもやっただけえらいえらい!・・・と自分に言い聞かせる。

あービール飲みたい。


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by yumi_nyago | 2008-09-06 05:15 | アキレス腱断裂療養記



アメリカ駐在会社員の妻が日々格闘する、はちゃめちゃライフ
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